笛育市更新日記(10/29)

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●今日の落語

『粗忽館の殺人』(後編)


「おい、あけねえか。熊、熊、熊!おーい」
「なんでえ、八の兄貴。血相を変えて……なんかあったのか?」
「ちくしょうめ。てめえはのんきにシュガートーストなんか食っている場合じゃねえぞ……おめえはな、さっき絶海の孤島にある粗忽館で密室殺人されて……死んでるんだ」
「おい、よせやい。今どきクローズドサークルで密室殺人かい。おれはそんなとってつけたような状況で殺害されたような心持ちがしねえ」
「それがおめえはずうずうしいってんだ。はじめて密室殺人されたのに、どんな気がするかそうそうすぐにはわかるものか。連続して密室殺人に出くわす探偵役はいても、連続して密室殺人に出くわす被害者はあまりいねえ」
「そう言われりゃそうだ」
「おめえはそそっかしいから、悪魔の如き狡知に満ちた犯人のトリックにかかって密室殺人されたのにも全く気がつかずに、ここまで帰ってきちまったんだ。そう、たぶん犯人は催眠術で死んだお前に暗示をかけて記憶を操作し、そのまま生きていると思いこませたに違いねえ」
「死人に催眠術ってかけられるのかなあ……それに、軽はずみに催眠術なんか使う奴は二流に違いねえよ、兄貴」
「この野郎、どこかで聞いたふうなことを言うな。いいからいっしょに来るんだ」
「どこに?」
「お前が密室殺人された部屋だよ。そこでまずおれが悪魔の如き狡知に満ちた犯人のトリックを見事解き明かし、そしてお前が自分を密室殺人した犯人をズバリ指摘するんだ」
「そんな兄貴、いまさら『おまえがおれを密室殺人した真犯人だ』なんて、じぶんでいうのはどうもきまりがわるくってならねえや」
「ばかいうな。当人がいって当人を密室殺人した犯人を指摘するのに何の遠慮がいるもんか。え、そうだろう。おまえだって一人前の密室殺人事件の死体だ。だまってちゃいけねえよ。さあ、いっしょにこい………あ、どうも、さきほどは……」
「あ、またきたよ、この人は」
「いえね。このことを当人にはなしますと、おれはどうもクローズドサークルで密室殺人されたような心持ちがしねえなんて強情はってるんで……でも、おれがだんだんと話して聞かせますと、ついにこいつも観念して私が密室殺人事件の被害者ですと自白しました。謎はすべて解けた」
「どうもすみませんです。ちっとも知らなかったんですが、あたしは悪魔の如き狡知に満ちた犯人の空前絶後のトリックにかかってここで密室殺人されちまったそうで……」
「おいおい、困るな。おんなじような人がもうひとりふえちまって……なんてばかばかしいんだい。あのね、あなた、もう事件は解決しちまったんだ」
「えっ?」
「この部屋の鍵を持ってる男がもう一人いて、そいつがあたしが殺ったと白状したんだ」
「そんな、鍵って……この部屋は密室だって言ったじゃないですか」
「いや、あたしは一度だってこの部屋が密室だとは言わなかったよ」
「だって、密室殺人って……」
「そうだよ。殺されたこの人の苗字が密室さんだったんだ。それで密室殺人ってわけだ」
「そんな。じゃあなんでおれが『熊の野郎だ』って言った時否定しなかったんだ?」
「名前が熊だと思ったからだ。みんな苗字は知っていたが名前は知らなかった」
「しまった、叙述トリックだったのか。そうするとこの殺人事件には不思議なことなど何もなかったてわけか」
「でも八の兄貴、おれにはひとつ不思議なことがあるんだ」
「なにが?」
「完全に外界との交通が遮断された絶海の孤島にある粗忽館から東京の粗忽長屋にいるこのおれに兄貴は一体どうやって会いに来てどうやって連れ戻ったんだ?」

これは、それだけの話なのである。
だから――怒らないで貰いたい。